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園池 公致(そのいけ きんゆき、1886年4月29日 - 1974年1月3日)は東京府出身の小説家、子爵。 == 略歴 == 東京市麹町区平河町にて、子爵園池実康(さねやす)の長男として生まれる。父は宮内省に勤務し、のち宮中顧問官となった。祖父園池公静(きんしず)は子爵、奈良県知事、侍従。母は正親町春香(権大納言正親町実徳の娘、伯爵正親町実正の妹)。弟の園池公功(きんなる)は演出家、評論家、女子美術大学理事。 学習院を中退し、1896年から1901年まで侍従職出仕として明治天皇に侍した。 里見弴たちと共に回覧雑誌『麦』を刊行。また『白樺』創刊に参加。 1919年、小説『一人角力』(ひとりずもう)が広津和郎に激賞される。晩年は安倍能成、和辻哲郎、武者小路実篤、竹山道雄たちと共に、著名な白樺派作家も参加した文芸誌『心』の同人だった。 長男園池実覧(さねみ)は応用物理学者、工学博士、中央大学名誉教授。孫の園池公毅(きんたけ)は植物生理学者、早稲田大学教授。 category:1886年生 category:1974年没 category:東京都出身の人物 category:日本の子爵 category:日本の小説家 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「園池公致」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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