翻訳と辞書
Words near each other
・ 坊主拳法
・ 坊主狸
・ 坊主窪1号墳
・ 坊主窪古墳群
・ 坊主美濃
・ 坊主衆
・ 坊主頭
・ 坊勢島
・ 坊号
・ 坊城としあつ
坊城中子
・ 坊城俊克
・ 坊城俊厚
・ 坊城俊完
・ 坊城俊定
・ 坊城俊成
・ 坊城俊政
・ 坊城俊昌
・ 坊城俊樹
・ 坊城俊民


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

坊城中子 : ウィキペディア日本語版
坊城中子[ぼうじょう なかこ]
坊城 中子(ぼうじょう なかこ 1928年5月12日 - )は、神奈川県出身の俳人。高浜年尾の長女。稲畑汀子の姉で高浜虚子の孫。横浜市生、聖路加看護専門学校(現聖路加看護大学)卒。1950年、坊城としあつと結婚。1955年、聖路加国際病院に勤務、総婦長を務める。1969年立正佼成会病院、1972年昭和大学烏山病院付属看護学校教務主任、1976年登戸病院看護部長、同年きぬ医師会病院看護学校副校長、2003年内藤病院総婦長。
俳句は幼少時から親しみ、1948年「ホトトギス」に投句、のち同人。夫としあつとともに同誌で活躍。また虚子の最期を看護士として看取った。1999年、伊藤柏翠より「花鳥」主宰を継承。夫の転任にともない3年間滞在したトルコでは同地の風土に根ざした句を詠んだ。2011年、「花鳥」主宰を息子の坊城俊樹に譲り名誉主宰に就任。句集に『櫓櫂』、エッセイ集に『俳句の家』。
== 参考文献 ==

*現代俳句大事典、三省堂、2005年
*ホトトギスの俳人101、新書館、2010年

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「坊城中子」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.