翻訳と辞書 |
堀江弥生[ほりえ やよい] 堀江 弥生(ほりえ やよい、天永2年(1111年)? - 大治3年(1128年)?〔生没年は「堀江物語絵巻」「堀江記」等の享年18と夫である塩谷頼純の生没年に基づくが、信憑性に疑いもある。〕)は塩谷頼純の正室。塩谷惟純の母。上野国板鼻城主原重房の娘。塩谷弥生(しおのや やよい)。 == 略歴 == 堀江記によれば、平安末期、塩谷頼純の正室であった弥生は、その美しさから下野国の国司に目をつけられ、弥生を手にするために国司は、弥生の父の原重房に命じて頼純を討たせた。これを悲しんだ弥生は、頼純との間の子である月若丸(後の塩谷惟純)を乳母に託して逃がし自害する。 その墓は、堀江氏の菩提寺である六房寺にあったものと考えられているが、六房寺は、かなり古い時代に廃寺になり、その跡には戦後まで6基の五輪塔があってそのひとつが弥生のものと思われるが、現在は埋められてしまい、当地は住宅地になってしまっている。ただ、字名として「六房地」の名が残る。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「堀江弥生」の詳細全文を読む
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|