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増山正任[ますやまただしにん]
増山 正任(ましやま まさとう)は、江戸時代前期から中期の大名。伊勢長島藩の第2代藩主。長島藩増山家3代。 == 生涯 == 延宝7年(1679年)、常陸下館藩主・増山正弥の長男として生まれる。宝永元年(1704年)、父の死去により跡を継いで伊勢長島藩主となった。しかし宝永4年(1707年)10月の大地震、宝永5年(1708年)の地震、宝永6年(1709年)の大風雨、正徳元年(1711年)、正徳4年(1714年)、享保5年(1720年)、享保7年(1722年)の風水害で藩は大被害を受け、荒廃した。このため、藩士に堤防を警備させ、治水工事を行なうなどしている。 また、佐藤直方や三宅尚斎ら多くの学者・武術者を招聘して文武を奨励し、藩士の教育化に務めた。また、連年風水害による凶作に備えて義倉を設置し、90歳以上の老人には扶持を与えるなど、当時としては革新的な福祉政策も採用した。寛保2年(1742年)4月7日、病気のため次男の正武に家督を譲って隠居し、延享元年(1744年)7月3日に死去した。享年66。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「増山正任」の詳細全文を読む
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