翻訳と辞書
Words near each other
・ 大伴御行
・ 大伴手拍
・ 大伴旅人
・ 大伴昌司
・ 大伴望多
・ 大伴村
・ 大伴杜屋
・ 大伴榎本大国
・ 大伴武以
・ 大伴武持
大伴武日
・ 大伴氏
・ 大伴永主
・ 大伴池主
・ 大伴潔足
・ 大伴牛養
・ 大伴犬養
・ 大伴狭手彦
・ 大伴男人
・ 大伴男吹負


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

大伴武日 : ウィキペディア日本語版
大伴武日[おおとも の たけひ]
大伴 武日(おおとも の たけひ、生没年不詳)は、『日本書紀』等に伝わる古代日本人物
日本書紀』では「大伴武日連(おおとものたけひのむらじ)」、他文献では「大伴健日連」とも表記される。『古事記』に記載はない。
大伴連(大伴氏)の遠祖である。垂仁天皇朝では五大夫の1人に数えられるほか、景行天皇朝における日本武尊東征の従者の1人である。
== 記録 ==
日本書紀垂仁天皇25年2月8日条では、武渟川別阿倍臣祖)・彦国葺和珥臣祖)・大鹿島(中臣連祖)・十千根物部連祖)らとともに「大夫(まえつきみ)」の1人に数えられており、天皇から神祇祭祀のことを命じられている。
また同書景行天皇40年7月16日条によれば、日本武尊の東征に際して、吉備武彦とともに従者に任じられている。東征では、甲斐の酒折宮山梨県甲府市酒折に比定)において日本武尊から靭部(ゆげいのとものお)を賜ったという。
日本三代実録貞観3年(861年)11月11日条では、伴善男の奏言のうちで、大伴健日(武日)は景行天皇の時に倭武命(日本武尊)に従って東国を平定し、その功で讃岐国を賜ったと見える。またその奏言では、子の大伴健持(武以/武持)を始めとして子孫の名が記載されるが、その中で允恭天皇朝には倭胡連公が讃岐国造に任じられたとある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大伴武日」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.