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大宮バイパス : ウィキペディア日本語版
大宮バイパス[おおみやばいぱす]

大宮バイパス(おおみやバイパス)は、国道17号現道(中山道)のうち、埼玉県さいたま市北区宮原町の東大成町交差点から同県鴻巣市箕田の箕田交差点までの区間の名称である。旧国道17号である埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線(旧中山道)のバイパスとして建設された。
== 概要 ==
国土交通省では大宮 - 鴻巣間のバイパスを意味する。ただし「新大宮バイパス」が更なるバイパスとして完成し、一般には「バイパス」の呼称は過去のものとなりつつある。(後述)

大宮以北は、1935年(昭和10年)には既に群馬県境まで舗装は完了していたが、昔ながらの中山道がそのまま使われていた。戦前に新道ができなかったこの区間は、高度経済成長によって自動車の増加を見込み、中山道に平行して片側2車線の高規格道路を建設するに至った。1958年(昭和33年)から1963年(昭和38年)にかけて、大宮市(現:さいたま市北区)宮原町から鴻巣市大字箕田までの区間が開通し、この新道が大宮バイパスと呼ばれる。また、この新道を「中山道」、旧道を「旧中山道」と呼ぶことになった。その後の国道・都道府県道の指定・改定の兼ね合いもあって、旧中山道が国道から県道(埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)に格下げされ新道は現道となり、現在の国道17号は即ち大宮バイパスのことのみを指す。
1967年(昭和42年)に吉野町ICから笹目橋東京都練馬区への国道17号バイパスが開通する際、大宮以北の上記の区間で「大宮バイパス」の名称が既に使用されている。また、大宮以南の1935年に全線開通した新国道(現:国道17号)は中山道のバイパスである等の理由から、新しく出来た道路は「新大宮バイパス」と命名された。
沿線自治体の基幹道路であり、他に大きな道路が無い為、深夜を除いて平日休日問わず全線の至るところで渋滞する。特に県道51号川越上尾線と交差する上尾市の愛宕交差点は朝夕の渋滞が大変激しく、ラジオの交通情報でしばしば案内される。愛宕交差点は度々改修されており、国道17号は大宮方面が右折帯を延長した実質3車線、熊谷方面は左折帯もあり、県道も国道17号合流側の車線数が多くなっているが、それでも毎日渋滞する。
== 「バイパス」呼称について ==
旧中山道(旧国道17号)の大宮地区のバイパスではあるが、17号の現道であるため現在では「大宮バイパス」は必ずしも一般に普及した名称ではない。

大宮以北の併走道路は旧中山道であり、大宮バイパスの区間を指す言葉としては国道17号で足りてしまうことから、道路行政以外で大宮バイパスという呼称を用いることは極めて稀となっている。地域住民は、大宮バイパスの正式な別称である「中山道」(歴史的には中山道ではない)と呼ぶこともほとんどなく、単に「17号」と呼び、逆に正しくは(行政上は)誤りとなったが旧中山道(こちらが概ね江戸時代の中山道)を今でも「中山道」と呼んでいることが多いようである。実際の歴史や県道164号鴻巣桶川さいたま線上の宿場跡(上尾宿桶川宿鴻巣宿)に当時の建物が残ること、宿場に関連した伝統的な祭事もこちらで行われることなどから、元々は中山道でない大宮バイパスを「中山道」と呼ぶことが定着しなかった。
旧大宮市から鴻巣市にかけての沿線住民は、古い世代を中心に現在も「バイパス」と呼んでいる。しかし、旧大宮市では「バイパス」は新大宮バイパスを、鴻巣市北部では「バイパス」は熊谷バイパスを指す場合もあり、世代の違いや居住地などで道案内等で支障をきたす場合もある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大宮バイパス」の詳細全文を読む



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