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大宮原子炉跡地放射性廃棄物汚染 : ウィキペディア日本語版 | 大宮原子炉跡地放射性廃棄物汚染 大宮原子炉跡地放射性廃棄物汚染(おおみやげんしろあとちほうしゃせいはいきぶつおせん)は、埼玉県さいたま市大宮区にあった大宮原子炉(三菱金属・現三菱マテリアル)での放射能汚染問題。 == 概要 == さいたま市大宮区北袋町1丁目(旧大宮市)の大半部分を占めていた三菱マテリアル総合研究所(旧・三菱金属中央研究所)敷地内において、1999年に放射性廃棄物(ウラン)による汚染問題が発覚した〔朝日新聞 1999年3月19日付〕。 この問題は、1959年の原子炉建設計画にさかのぼる。三菱により実験原子炉を当地に建設されたが、住民・市議会側からの反対を押し切っていたことから、1968年に民事訴訟に発展し、浦和地裁に提訴。1973年、三菱が原子炉の撤去をー方的に発表したが、1974年に和解が成立し、原子炉撤去を明文化した(大宮三菱原子炉訴訟)。 原子炉撤去により放射能への危機が去ったかと思われたが、1999年3月に建屋の放射能漏れが報道され、科学技術庁の立入調査ののち、さらにドラム缶9000缶以上の放射性廃棄物と核燃料3トンを敷地内に保管していることが発覚し、放射能汚染問題に発展した。科学技術庁の調査までは汚染を隠し続けていた。 研究所を茨城県那珂市に移転させた三菱マテリアルは、新社屋を敷地南に集約新築し、その地下に放射性廃棄物を保管、それ以外の土地は売却することに決定し、2002年から汚染物の調査・土壌の浄化を開始した。2012年に10年がかりの土壌対策工事が終わったものの、行き場のない放射性廃棄物は依然総合研究所内に保管されることとなった。放射性廃棄物はドラム缶3万缶以上と保管量は国内施設で最多となっており、保有量も国内全体の52%に及んでいる。
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