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大山 綱昌(おおやま つなまさ、? - 安政3年(1856年)10月)は、薩摩藩鹿児島城下士。諱は綱昌、通称は彦八。本姓佐々木源氏の大山家に養子入りする前は西郷小兵衛と称す。養父は一代小番まで進んだが、「綱昌は出世の道を捨てて、生涯を砲術研究にゆだねる」という。ただし研究していた砲術の流派や砲術師範になったかは不明。家格は御小姓与。家督は大山彦八成美が継ぐ。 == 家族・親族 == * 父:西郷隆充 * 母:薩摩藩日置郡日置郷(現在の鹿児島県日置市日吉町)郷士の娘四本氏。実兄は西郷吉兵衛。 * 妻:養父・大山綱毅長女の競子(文久2年4月24日死去。菩提寺、墓所は夫と同じ) * 実子:3男1女 * 大山成美(明治9年(1876年)2月病没、享年42) * 国子(薩摩藩士有馬糺右衛門の妻、西郷小兵衛妻の母) * 大山巌 * 大山誠之助(妻は西郷隆盛の娘・菊草) 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大山綱昌」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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