|
大江 挙周(おおえ の たかちか、生年不詳 - 永承元年(1046年)6月〔『続本朝往生伝』〕は、平安時代の貴族。式部大輔・大江匡衡の子。正四位下・式部大輔。 == 経歴 == 父匡衡と同様紀伝道に進み、方略試に及第〔『権記』長保3年9月26日条。なお、『本朝文粋』巻3にはその際の答案が採録されている。〕。一条天皇の東三条殿行幸の際に父・匡衡に従った挙周が作った文が評価されて蔵人に任ぜられた〔『御堂関白記』寛弘3年3月4日条。『江吏部集』にも同様の趣旨の記述がある。〕。文章博士・東宮学士を経て、後一条天皇の侍読を務め式部大輔に至った。一方で地方官として、丹波守・三河守・和泉守を歴任した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大江挙周」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|