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大野 勝三(おおの かつぞう)。旧制第六高等学校出身。東京帝国大学卒業。初代郵政事務次官。在任期間は1949年6月1日~1954年2月1日。その後国際電信電話社長、エフエム東京社長。岡山県玉野市宇藤木出身。三人兄弟の三男で、長男は栄(さかえ)、次男は哲生(てっせい)(岡山市議会議員を一回務めた)。 == 来歴 == * 1945年(昭和20年)7月25日・・・逓信局長に就任。 * 1956年(昭和31年)9月15日・・・臨時株主総会にて国際電信電話専務取締役就任〔渋沢社史データベース 「大野勝三」の検索結果 〕。 * 1962年(昭和37年)5月30日・・・国際電信電話取締役副社長。 * 1964年(昭和39年)5月29日・・・国際電信電話取締役社長。 * 1968年(昭和43年)8月13日・・・国際電信電話株式会社相談役だった当時、山懸昌夫(日本海事協会会長)、関義長(三菱電機株式会社会長)、吉識雅夫(日本学術振興会理事長)ら三氏と共に宇宙開発委員会委員に任命される〔1968年(昭和43年)5月~12月:文部科学省 〕。 * 1969年(昭和44年)・・・第15回前島密賞受賞〔公益財団法人通信文化協会/前島密賞第11回~第20回 〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大野勝三」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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