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太田牛一[おおた ぎゅういち]
太田 牛一(おおた ぎゅういち / うしかず / ごいち、大永7年(1527年)- 慶長18年(1613年))は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、官僚。『信長公記』などの軍記と伝記の著者。官位は和泉守。通称は又助(又介)あるいは和泉を用いた。 == 諱 == 諱は天正9年(1581年)までの文書では「信定」と署名しているのが確認できる。その後の書状では、年代の確実なもので古いものは天正17年(1589年)から「牛一」と署名して、晩年までこれを続けた。そのため信長の死んだ天正10年(1582年)前後に諱を変えたのではないかと言われている。また平家語り一方流琵琶法師が名乗りの一文字の末尾に「一」を付けるので、それに倣ったという説もある〔『織田信長という歴史 『信長記』のかなたへ』金子拓 P.41-42 勉誠出版、2009年〈引用元は、小島広次『清須町史』「牛一本「信長記巻首」の性格について」1970年〉〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「太田牛一」の詳細全文を読む
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