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奈古屋元忠 : ウィキペディア日本語版
奈古屋元忠[なごや もとただ]

奈古屋 元忠(なごや もとただ、? - 寛永7年10月23日1630年11月27日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の人物。下松藩家老。父は奈古屋元堯(毛利元堯)。兄に奈古屋元賀。子に奈古屋隆忠通称ははじめ与三右衛門、後に九郎右衛門、対馬と名乗る。
毛利元就の家臣である奈古屋元堯の次男として生まれる。天正8年(1580年)に兄・元賀が戦死したため、奈古屋家の嗣子となったが、その後浪人となり、出雲国に居住した。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、毛利輝元がへ入った際に毛利家へ帰参し、知行200石を与えられる。
元和3年(1617年)、毛利就隆周防都濃郡3万石が与えられた際、元忠が家老として付けられ、これ以後、奈古屋氏は徳山藩の家老を務めることとなる。寛永7年(1630年)10月23日、死去。
== 参考文献 ==

*萩藩閥閲録



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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