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孝(こう)とは、子供が自身の親に忠実に従うことを示す道徳概念。 儒教の信奉者が、それを徳目と認識するものの一つ。身近なところから段階的に進められる儒教の徳治において、まず家庭で守られるべき徳として「悌」とともに重視された。「孝悌」と併用され、「孝悌は仁を為すの本」とされる。後述するように、他の宗教にも類するイデオロギーが存在する。 現代では、。 == 儒教 == 古代の中国では、祖先崇拝の観念の下に、血族が同居連帯し家計をともにする家父長制家族が社会の構成単位を成していた。この家族の構成員たちは、よしんば卑劣で有害な親であっても親に無条件に服従することと、先祖の祭祀に奉仕することを、「孝」として強制された。孔子が、親を敬し、親の心を安んじ、礼に従って奉養祭祀すべきことを説き、社会的犯罪については「父は子の為(ため)に隠し、子は父の為に隠す」〔『論語』子路篇 青少年論語学習講座 〕と述べた。やがて孝は『孝経』において、道徳の根源、宇宙の原理として形而上化され、無条件服従と父子相隠は法律にも明文化された〔明治時代に原型が制定された現代日本の刑法においても、親族間では犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪が免除される。尊属殺を通常の殺人より重刑とする規定もあったが、違憲とされ削除された。〕。又、祖先祭祀にとって孝は重要な原理となる。 孝を守る振舞いである「親孝行(おやこうこう)」が高く評価され、これを実践する人を「孝子(こうし)」と呼ばれた。孝子として有名な儒教の聖人は舜であり、孔子の弟子では曽子が孝の実践に優れていたとされる。曽子は『孝経』の作者とされる。 君臣間の徳目である「忠」と時に齟齬を来すことになるが、中国や朝鮮では多くの場合、「忠」よりも「孝」が貴いと考えられた。例えば、道に外れたことを行う君主を三度諌めても聞き入れられなかったら、君主の下から去るべきであるとされたのに対し、道に外れた親を三度諌めても聞き入れられなければ、泣き寝入りして従わなければならないとされた。有能な大臣が、自分の親の喪中に出仕したことを不孝であると咎められて失脚するようなことも起こった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「孝」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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