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宇野信夫 : ウィキペディア日本語版
宇野信夫[うの のぶお]

宇野 信夫(うの のぶお、1904年7月7日 - 1991年10月28日)は、日本の劇作家作家歌舞伎作者、狂言作者。
== 来歴 ==

埼玉県本庄市生まれ、熊谷市育ち、その後浅草で暮らす。本名信男。埼玉県立熊谷中学校(現:埼玉県立熊谷高等学校)、慶應義塾大学文学部国語国文学科卒業。
父は埼玉県熊谷市で紺屋・染物屋を営んでいて、浅草に東京出張所と貸家(蕎麦屋と道具屋)を持っていた。中学を出た後は、その出張所から大学に通い、卒業後もそこで劇作にいそしみ、1944年まで住み続けた。その時代に、まだ売れていなかった、のちの古今亭志ん生ら貧乏な落語家たちが出入りして、彼らと交際した。6代目三遊亭圓生とも交友が深かった。
1933年、『ひと夜』でデビュー。1935年6代目尾上菊五郎のために書いた『巷談宵宮雨』が大当たりし、歌舞伎作者としての地位を確立する。以後も菊五郎のために歌舞伎世話狂言を書き、戦後は、1953年2代目中村鴈治郎中村扇雀(現:4代目坂田藤十郎)のために、長らく再演されていなかった近松門左衛門の『曽根崎心中』を脚色・演出し、現在も宇野版が上演され続けている。1965年、個人雑誌『宇野信夫戯曲』を創刊、1977年まで続いた。
1972年日本芸術院会員。1985年文化功労者。『宇野信夫戯曲選集』全4巻があるほか、ラジオドラマテレビドラマ時代小説随筆落語言葉に関する著作が多数ある。
国立劇場理事を務め、歌舞伎の演出、補綴、監修を多く行い、「昭和の黙阿弥」と称された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「宇野信夫」の詳細全文を読む



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