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安部 信允(あんべ のぶちか)は、武蔵岡部藩の第7代藩主。 享保13年(1728年)、第3代藩主・安部信友の曾孫(次男・信方の子・信興の次男)として生まれる。又従兄にあたる本家の第6代藩主・信平が男児無くして寛延3年(1750年)に死去したため、末期養子として家督を継ぎ、12月に従五位下・丹波守に叙位・任官する。 明和8年(1771年)7月に大坂定番に任じられ、7月24日に摂津守に遷任する。天明元年(1781年)9月に病気を理由に辞職した。藩政では、藩邸に就将館を設立して藩士の文武を奨励している。 天明2年(1782年)9月11日、家督を長男・信享に譲って隠居し、主水正に遷任する。寛政10年(1798年)12月12日に死去した。享年71。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「安部信允」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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