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定安王后[ていあんおうこう きんし] 定安王后金氏(ていあんおうこう・きんし/チョンアンワンフ・キムシ、至正15年1月9日(1355年1月22日) - 永楽10年6月25日(1412年8月2日))は李氏朝鮮第2代王・定宗の王妃。 == 生涯 == 定安王后は高麗後期、金天瑞(きん・ていずい/キム・チョンソ)の娘として生まれ、のちに朝鮮初代王太祖となる李成桂の次男・李芳果と結婚したが、夫との間に子を成さなかった。1398年、第一次王子の乱で王世子である李芳碩が、李芳遠によって殺害された後、夫の芳果が王世子となり彼女は世子嬪(世子の正妻)となって徳嬪と号した。1か月後の太祖の譲位で夫・定宗が即位し、金氏は王妃となり、徳妃と号した。だが中継ぎの王である定宗は将来の不安を抱き、王妃は王に芳遠への譲位を薦め実行させた。1400年、芳遠が王位に就いた。金氏は王大妃となり順徳王大妃と尊号を贈られて余生を過ごし、1412年に薨去した。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「定安王后」の詳細全文を読む
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