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宜秋門院丹後[ぎしゅうもんいんのたんご]
宜秋門院丹後(ぎしゅうもんいんのたんご、生没年不詳)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌人である。女房三十六歌仙の一人。丹後守源頼行の娘。源兼綱らの兄妹。源頼政は伯父にあたり、従姉妹に二条院讃岐がいる。摂政家丹後、丹後少将、丹後禅尼とも呼ばれる。 == 経歴 == 九条兼実家に出仕、後に兼実の息女任子(宜秋門院)に仕え、1175年(安元元年)以降多くの歌会・歌合に出詠した。1201年(建仁元年)に出家〔* name=syukke/>、その後も1207年(承元元年)頃まで歌人としての活動がみえる。『千載和歌集』以下の勅撰集、多数の歌合や百首歌等に作品を残している。 没年は不明であるが滋賀県大津市大将軍に丹後の墓と伝えられる石碑がある〔平重盛の子平忠房(丹後侍従)の墓とする説もある。〕。
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