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宮城まり子の30時間チャリティーテレソン : ウィキペディア日本語版
宮城まり子のチャリティーテレソン[みやぎまりこのちゃりてぃーてれそん]
宮城まり子のチャリティーテレソン』(みやぎまりこのチャリティーテレソン)は、1975年3月21日から3月22日にかけての25時間にわたり当時の近畿放送(現・京都放送=KBS京都)テレビが実施した日本初のチャリティーテレビ番組イベントである。テレソンとはテレビとマラソンを組み合わせた造語で、テレビの長時間番組でよく採用されている。
女優で、肢体不自由児の社会福祉施設「ねむの木学園」を主宰する宮城まり子が司会を務め、身体障害者の社会参加を呼びかける趣旨のもとで25時間のチャリティーテレビ番組を実施。特に、京都府内に身障者のリハビリセンターを建設することを中心の目的として開催された。このチャリティーテレソンキャンペーンはすでにこの当時、オランダアメリカでは実施されていたが、日本では独立UHFの府域局ながらも初の試みだった〔ねむの木学園の歩み 〕。民放での放送ながら、CMを1本も入れなかった。その反響は凄まじく、視聴者から集められた浄財は4600万円を超えたという。
その6年後の1981年4月25日から4月26日にかけては、近畿放送の開局30周年と愛称「KBS京都」の制定ならびに国際障害者年の開催を記念し、これよりもさらに5時間長い30時間にわたる『宮城まり子の30時間チャリティーテレソン』を開催した。この時も京都府内に身障者のリハビリセンターを作ることを中心に、視聴者からの浄財を募集した〔。

== 参考文献 ==

* テレビ・ジャーナリズムの世界(NHKブックス、1982年)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「宮城まり子のチャリティーテレソン」の詳細全文を読む



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