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小中 肇(こなか はじめ、1954年3月23日 - )は、日本の監督・演出家。青森県弘前市出身〔。日本映画監督協会会員。主にテレビドラマ作品を中心に活動していた。 == 来歴・人物 == 弘前南高を経て法政大学文学部を中退。学生時代に行っていた劇団活動をきっかけとして東映撮影所の助監督となり、その後1990年に『森村誠一サスペンス』にて監督昇進。1996年の『超光戦士シャンゼリオン』を経て主にスーパー戦隊シリーズなどを手がけ実績を上げ、『救急戦隊ゴーゴーファイブ』では年間を通じて初のメイン監督として采配を振った。 その後『爆竜戦隊アバレンジャー』では自身2度目となるパイロット版を手がけるが、その際に制作予算を大幅に上回り東映テレビプロダクションのフロントと衝突。結果として途中降板を余儀なくされ、また内定していた初の映画演出となる『爆竜戦隊アバレンジャー DELUXE アバレサマーはキンキン中!』が白紙となった〔代わりに同作品の演出を担当した諸田敏は急遽オファーを受けたといい、「まさか自分が映画を撮るとは思わなかった」とインタビューにて語っている。〕。2005年には舞台『あたま山心中』の演出を手がけたが、それ以降主な演出作品はない。 スーパー戦隊シリーズや『超光戦士シャンゼリオン』で小中の下に就き、師匠と慕っている諸田敏によれば「道義を重んじる」性格であり、「とにかく真面目な人で、そういう真面目な性格だから『シャンゼリオン』できちっとしたコメディが作れた」とも語っている。また同作品に出演していた相澤一成からの指名により、前出の『あたま山心中』の演出家としての起用に繋がった。 その『シャンゼリオン』の第9話「速水、燦然!」では脚本家の井上敏樹がラストシーンのカメラワークを脚本で指定。この回の担当監督だった小中は職業上これを嫌い試行錯誤したが、結局は「悔しいが、やっぱり脚本どおりにやった方が効く」と脚本通りに撮ることとなったという逸話もある〔シャンゼリオンという名の日々/揺籃編 〕。 演出作品自体はないが、2011年末には諸田敏や松村文雄、柴田かよこ、中川素州らと忘年会に嵩じている姿が数々のブログで確認できる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小中肇」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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