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小坂 梅吉(こさか うめきち、1873年(明治6年)11月8日〔衆議院『第七十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1936年、2頁。〕 - 1944年(昭和19年)12月2日〔参考文献『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』239頁。〕)は、日本の実業家、政治家。 ==経歴== 父の小坂駒吉は信州・伊那から江戸に上り、上野輪王寺の御用商人となり、1872年(明治5年)に銀座に「松本楼」を開業した。父の事業を受け継ぎ、日比谷公園の整備に伴う入札で「日比谷松本楼」を開いた。さらに「大松閣」「大正軒」などの関連店舗を設立した。 また政界にも進出し、京橋区会議員、同議長、東京市会議員、同参事会員に選出され、非政友会の長老として重きをなした。 1936年(昭和11年)、第19回衆議院議員総選挙に立憲民政党から出馬し、当選を果たした。1939年(昭和14年)には貴族院多額納税者議員に選出された。 その他、新橋演舞場株式会社専務取締役、磐城炭鉱株式会社取締役を務めた。 孫文の支援者で、日活の創業者・梅屋庄吉は姻戚である。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小坂梅吉」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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