翻訳と辞書 |
小松原博喜[こまつばら ひろき]
小松原 博喜(こまつばら ひろき、1924年5月24日 - 1965年4月23日)は、神奈川県出身の元プロ野球選手。ポジションは、主に内野手、外野手としてプレーし、1949年まで投手も兼任した。 == 来歴・人物 == 横浜商業では第15回選抜中等学校野球大会に出場。卒業後、1942年に大和軍へ入団する。同年4月22日の試合では日本プロ野球記録を更新する1試合14与四球を記録している〔講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」634ページ〕。翌年にチームが解散し、ヂーゼル自動車に入社する。1947年に読売ジャイアンツへ移籍しプロ復帰。この年に1試合ではあるが4番打者として試合に出場している。2リーグ制になった1950年には二番、中堅として自己最多の140試合に出場した。翌年からは控えの野手として出場し、日本シリーズにも出場した。1955年に国鉄スワローズへ移籍し、1957年に引退した。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小松原博喜」の詳細全文を読む
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|