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小林千秋[こばやし ちあき] 小林 千秋(こばやし ちあき、1900年(明治33年)11月〔『新編日本の歴代知事』748頁。〕 - 1949年(昭和24年)7月〔『和歌山県史 人物』190-191頁。〕)は、日本の内務官僚。官選県知事。 ==経歴== 東京府出身。小林龍三郎の長男として生まれる〔。第一高等学校を卒業。1925年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1926年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省し土木局属となる〔〔『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』252頁。〕。 以後、内務省復興局勤務、福島県地方事務官、兵庫県地方事務官、内務省社会局事務官、同省地方局事務官、同局監督課長、同局財政課長、大臣官房会計課長などを歴任〔〔。 1944年8月、和歌山県知事に就任〔。県立医学専門学校の設立、東南海地震・和歌山大空襲の救援活動に尽力〔。1945年10月、三重県知事に転任。1946年1月25日、公職追放となり知事を辞し退官した〔〔〔『新編日本の歴代知事』623頁。〕。 その後、映画会社スバル興業顧問を務めた〔。
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