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小林太三郎 : ウィキペディア日本語版
小林太三郎[こばやし たさぶろう]

小林 太三郎(こばやし たさぶろう、1923年大正12年)11月13日 - 2012年平成24年)9月20日)は、日本経営学者。欧米アジア大学には日本と違って広告学部広告学科があり、多くの研究者がいるが、広告研究においては日本の第一人者。商学博士〔博士論文『広告コミュニケーションの管理:理論と実際』(早稲田大学、1968年) - 博士論文書誌データベースより。〕、早稲田大学名誉教授大学院商学研究科商学部)。
広告研究で博士号を取り、大学院で広告研究の講義をし、広告研究のゼミナールを持った日本最初の人物。著書である『広告管理の理論と実際』同文舘(1968)は669ページに及ぶ大著。露出、認知、態度といった消費者行動の段階を明確に定義づけ、学会業界で使用する広告関連用語の標準化に貢献した。また、多くの広告研究者を世に送り出した(亀井昭宏、小林保彦、嶋村和恵、中山勝己、清水公一、松井陽通、石崎徹、小泉眞人)。日本広告学会設立に尽力し、長年会長を務め、日本学術会議会員として活躍した。アメリカ広告学会、アメリカ・マーケティング協会、アメリカ・ダイレクトメール/マーケティング協会(AMA)、アメリカ広告調査財団(ARF)会員。ミシガン州立大学ゴードン・E・ミラクルは友人。IAA世界広告会議が東京で開催された折、司会を務め、慰労のため東宮御所に招かれる。
==略歴==

*1923年(大正12年)11月13日:群馬県高崎市に生まれる
*1943年(昭和18年):早稲田大学文学部入学
*1949年(昭和24年):早稲田大学文学部社会学専攻卒業
*1950年(昭和25年):早稲田大学商学部大学院入学
*1951年(昭和26年):早稲田大学商学部助手
*1952年(昭和27年):早稲田大学商学部大学院修了
*1952年(昭和27年):早稲田大学商学部専任講師
*1954年(昭和29年):早稲田大学商学部助教授
*1958年(昭和33年):ミシガン州立大学で広告・販売促進を研究( - 1959年1月)
*1959年(昭和34年):早稲田大学商学部教授
*1968年(昭和43年):商学博士学位取得(早稲田大学)
*1994年(平成6年):早稲田大学定年退職
*1994年(平成6年):早稲田大学名誉教授

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小林太三郎」の詳細全文を読む



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