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橋野 昭南(はしの あきなみ、1942年4月18日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手(外野手・投手)。 == 来歴・人物 == 若松高校出身で同級生に小松時男がいる。高校時代は、左腕からくり出す猛速球で対安岡工業戦で七回まで16奪三振、一試合平均10個以上の奪三振を記録、早くから九州高校界ナンバー・ワンの定評があった。 1961年に西鉄ライオンズへ入団。 1963年から外野手へ転向し、1967年には87試合に出場、打率.295の好成績を記録する。しかし西鉄には伊藤光四郎、三好守など同タイプの外野手が多く、左投手に弱いという印象もあってレギュラーには届かなかった。その後も主に代打として活躍するが、1971年に引退した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「橋野昭南」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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