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小牧御殿[こまきごてん]
小牧御殿(こまきごてん)は、尾張徳川家の御殿(別荘)の1つ。上街道小牧宿(現在の愛知県小牧市)にあった。寛永2年(1625年)に初代尾張藩主徳川義直が鷹狩りをしにこの地に訪れた際、この地で庄屋を務める江崎善左衛門の蟹清水屋敷〔小牧御殿があったとされる場所の西側にあった。〕からの眺めや庭園をいたく気に入り、同年この地に御殿を建てた。以後明治維新まで、尾張徳川家の御殿として利用された(普段は江崎氏が管理していた)。 敷地の大きさは46間×51間で、約2350坪あった。また畳10畳以上の部屋が10室あった。天明2年(1782年)には、敷地の一部に小牧代官所と陣屋が設けられている。 なお現在、御殿があった場所には住宅地や道路が整備されており、遺構などはほとんど残っていない。 ==小牧代官所== 小牧代官所(こまきだいかんしょ)は、江戸時代に尾張国丹羽郡127村、同国春日井郡125村、美濃国可児郡5村を管轄していた代官所。天明2年(1782年)、尾張藩が年貢や賦役の徴収を強化することや同地の治安維持、藩からの御触れ(命令)の伝達などを目的として、上街道小牧宿にあった小牧御殿の一部に設けられた。約14名の役人が常駐していた。現在も残る福禄寿の石像は、義直が作らせたものだと言われている。また安置する祠は、代官所(または御殿)の建物の一部が用いられたと伝えられている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小牧御殿」の詳細全文を読む
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