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小笠原 長章(おがさわら ながあきら、寛永14年(1637年) - 延宝3年7月29日(1675年9月17日))は、豊前中津藩の世嗣。 初代藩主・小笠原長次の長男。母は松平康重の娘。正室は水野忠職の娘。子は小笠原長胤(長男)、小笠原長宥(次男)、小笠原長富(三男)、小笠原長救(四男)、小笠原長円(五男)、梅(酒井忠相正室)、源(増山正任正室)。官位は従五位下、上野介。 中津藩嫡子として生まれ、慶安2年(1649年)徳川家光に拝謁する。承応2年(1653年)叙任するが、寛文6年(1666年)に廃嫡された。同年死去した父・長次の家督は、弟の長勝が継いだ。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小笠原長章」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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