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小霜 和也(こしも かずや、1962年10月22日 - )は、日本のコピーライター、クリエイティブディレクター、クリエイター。 == 略歴・人物 == 1962年兵庫県西宮市生まれ。1986年東京大学法学部卒業、同年博報堂入社。 1998年退社。同年(株)スリースピリッツ・(有)コモクリエイティブ設立。 2002年(株)小霜オフィス設立。 2009年、アートディレクター・クリエイティブディレクターの米村浩とノープロブレム(同)設立。 2012年、(株)インターラクト代表平林久和、(株)Kazepro代表の戸練直木とヘルプボタン(同)設立。 広告業のみではなく、他分野でもマルチにクリエイティブをこなす。 ビジネスモデル提案等企業のアドバイザーも。 又、ノープロブレム無料広告学校にて、若者の育成を行っている。 「広告は商品文化を創るもの」という信念を持っている。日本各地のうまいもの発見をテーマにした一番搾りのキャンペーンはご当地グルメの火付け役になり、PlayStationのキャンペーンは家族でゲームを楽しむ文化を創ったと自負している。 商品文化で世界が楽しくなる手助けをするのが広告の本領であると考えている。〔小霜和也ブログ(KOSHIMO BLOG) 〕 1996年以来、TCC(東京コピーライターズクラブ)を始めとする広告賞の審査員を全て辞退している。応募もしていない。権威を客観視する立場であるはずのクリエイターが自ら権威になるのを嫌っている。〔小霜和也ツイッターアカウント(@kossii) 〕。 最も関係の長いクライアントはPlayStationのSCE(1994年から現在まで)。ただ2010年にはマイクロソフトXboxの「特命課」キャンペーンなども手がけている。 児童養護施設への寄付を続けており、2013年に東京都から感謝状を受けている。 自宅にマンガ専用の倉庫があるほどのマンガ好き。業界屈指のカラオケ好き。 地元町会の神輿会で役員を務めている。 2013年に難病を患いしばらく入院していたが克服した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小霜和也」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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