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少弐 嘉頼(しょうに よしより、生年不詳 - 1441年(嘉吉元年))は室町時代の武将。北九州の名門少弐氏当主。少弐満貞の子。少弐資嗣の弟。少弐教頼の兄。 1433年、父満貞と兄資嗣が相次いで戦死し、自身も弟教頼とともに対馬宗氏の下に亡命を余儀なくされ、その地で元服した。一族の横岳頼房や宗氏が少弐氏再興のため軍事活動をおこない、また、大友持直と協力するなどして嘉頼自身も何度か出兵したが、大内持世のためその度に再興の野望は挫かれた。嘉頼は窮状から倭寇まがいの活動を行っていたとも言われ、のちに朝鮮や宗氏との関係悪化を懸念した持世が、少弐氏の再興を幕府にとりなすまでになった。1441年、没した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「少弐嘉頼」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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