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尚 純(しょう じゅん、1660年2月15日(順治17年1月5日)- 1707年2月2日(康熙45年12月23日))は琉球第二尚氏王統11代尚貞王の長男。童名を思徳金といい、世子であり中城王子を称した。父王:尚貞より先に薨じてしまい、王位を継ぐことはなかったが、尚純の長男:尚益が12代王になると、王号を追贈された。 『中山世譜』に聡明で学問を好んだと記されており、『中山詩文集』には尚純の絶句「咏双松」が収録されている。 歴代王が眠る墓所、玉陵に葬られた。 == 系譜 == 父:尚貞王の長男として生まれる(母は月心)。一妃四妻があり三男一女をもうけた。妃との子は一人だけであるが、それが長男:尚益で、のち12代国王となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「尚純」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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