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尾崎 奈々(おざき なな、1948年7月28日 - )は大阪府池田市生れで豊中市育ちの元女優。本名は石原利子(旧姓は尾崎)三人姉妹の末っ子。身長163cm、体重45kg(現役当時)。 == 人物・略歴 == 特技である琴は庄内に住む坂和師匠の教えを乞い、中学3年生で初伝、高校1年生の時に中伝の免状を取得〔近代映画 近代映画社 1967年3月号 160頁。〕。 1965年、在籍していた大阪成蹊女子高等学校の帰り道、自宅最寄り駅である服部駅(現在の服部天神駅)付近で伊丹空港より車で京都へ向かう途中だった内田良平の平田マネージャーよりスカウトされ、勧められて同年夏に日活のカメラテストを受け合格するも決心が着かず、翌1966年の夏に再び平田マネージャーの勧めで東映のカメラテストを受け合格、そして最後に受けた松竹へ入社。試験官だった野村芳太郎監督の映画『命果てる日まで』で同年11月にデビュー。 1967年秋より、フジテレビ『お嫁さん』第3シリーズと並行して放送されたTBS『娘たちはいま』この両作品をきっかけに注目され、お茶の間での人気が急上昇〔週刊明星 集英社 1968年10月27日号 51頁。〕。 スラリとした可憐な清純派女優として数々の映画、TVドラマ、舞台などで活躍。1969年にはエランドール賞の新人賞を受賞。 1972年、京都の東映京都撮影所で、テレビ東京『紫頭巾』撮影の折に石原興監督(当時は撮影技師、後に助監督)と知り合い、フジテレビ『結婚許しません』を最後に1973年12月に結婚、引退した。その後、1977年4月から12月にかけ放送されたフジテレビお昼のテレビ小説『みれん橋』で一時的に復帰した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「尾崎奈々」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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