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山本政志[やまもと まさし]
山本 政志(やまもと まさし、1956年 - )は、日本の映画監督。大分県出身。 ==経歴== 大分県立大分上野丘高等学校卒業、明治大学中退後、8ミリ映画の自主製作を開始する。『闇のカーニバル』('82)がベルリン国際映画祭・カンヌ国際映画祭に選出される。また、ロックバンドJAGATARA(じゃがたら)の活動初期にプロデューサーを務めた。江戸アケミや町田康(町田町蔵)、G.I.S.M.の横山SAKEVIなど当時のパンクロッカー達を俳優として起用する。『ロビンソンの庭』('87)で、ベルリン映画祭zitty賞、ロカルノ映画祭審査員特別賞、日本映画監督協会新人賞受賞。次いで,自主映画初の香港との合作映画『てなもんやコネクション』('90)で、専用上映館"TANK2"を渋谷に建築し、4ヶ月のロングラン上映を敢行。1991年初の大作『熊楠KUMAGUSU』に挑むが、資金難のために撮影中断、現在に至るまで未完となっている。『アトランタ・ブギ』('96)を経て、1997年に文化庁海外派遣文化研修員としてニューヨークに1年間滞在。この間『JUNK FOOD』('97)が、全米10都市で自主配給された。2000年単身で再びニューヨークに乗り込み、全ニューヨークスタッフで『リムジンドライブ』を発表。『聴かれた女』('07)が、アメリカのNET FLIXの推薦作となるなど、8か国でDVDが販売される。超低予算映画『スリー☆ポイント』('11)を発表後、2012年から2013年にかけて、映画塾のシネマ☆インパクトを主宰し、12人の監督と共に15本の作品を発表。その中から、大根仁監督のスマッシュヒット作『恋の渦」が誕生する。同様にシネマ☆インパクトから生まれた自身の監督作『水の声を聞く』('14)は、4度目となるベルリン映画祭を始め、香港、全州、ニューヨークなどの映画祭で上映され、キネマ旬報ベストテンに選出されるなど、国内外で高い評価を得る。 また。その独特のキャラクターを活かし、TVシリーズ『私立探偵 濱マイク』、映画『ゲルマニウムの夜』、『ふがいない僕は空を見た』等では俳優として出演している。年令の離れた故:若松孝二監督との交友関係が続いていた。 。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山本政志」の詳細全文を読む
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