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山村佑樹[やまむら ゆうき]
山村 佑樹(やまむら ゆうき、1990年8月1日 - )は、神奈川県川崎市出身のサッカー選手。水戸ホーリーホック所属。ポジションは主にフォワード(FW)。 == 来歴 == 小学校1年生(7歳)時にサッカーを始める〔ユース選手紹介 (山村佑樹) 東京中日スポーツ 2008〕。 横浜F・マリノスなどのジュニアユースからも声がかかったが中学生時からFC東京の下部組織へ加入。丸山浩司コーチからウルグアイのFWルベン・ソサに似ていると指摘され、以後ルーベンと呼ばれるようになった。同期は2トップを組んだ岩渕良太や〔【Jユースカップ2008:準決勝】プレビュー J's GOAL (2008年12月22日)〕、三田啓貴、藤原広太朗、山崎侑輝、井上亮太、畑尾大翔、平野又三、佐藤祐馬、六平光成、宮澤勇樹など。 2009年、岩渕、三田と共に明治大学に進学し〔サッカー部 個人技と連係プレーで魅了する、ピッチの支配者 明大スポーツ (2009年4月1日)〕サッカー部に所属。関東大学リーグ1部では通算38試合出場23得点を記録し〔通算得点ランキング (2009年-2012年) 関東大学サッカー連盟 (2012年11月25日)〕、神川明彦監督からは様々な得点パターンを持つ点を高く評価され〔明治大学体育会サッカー部 Jリーグ加入内定4選手合同記者会見 CS Park (2012年11月15日)〕「スナイパー」と形容された〔[MOM107]明治大FW山村佑樹 (2年) 勝利を引き寄せた“スナイパー” ゲキサカ 2010.09.16〕。 2012年8月より水戸ホーリーホックの特別指定選手として登録され〔 水戸ホーリーホック 2012.08.02〕〔2012年JFA・Jリーグ特別指定選手 (7月31日付承認) 日本サッカー協会 (2012年8月2日)〕、登録後の初出場となったJ2第27節山形戦で早速得点を挙げた。同年9月、翌年からの水戸への加入内定が発表された〔 水戸ホーリーホック 2012.09.13〕。2013年は鈴木隆行との2トップで出場を続けつつ〔【J2:第10節 北九州 vs 水戸】レポート J's GOAL (2013年4月22日)〕〔【J2:第35節 神戸 vs 水戸】レポート J's GOAL (2013年9月30日)〕、サイドハーフにも配された〔全40クラブ戦力分析レポ:水戸 J's GOAL (2013年2月28日)〕〔水戸ホーリーホック 2013 フォーメーション Football LAB〕。2014年は開幕直後の練習試合で左アキレス腱を断裂し、長期離脱を強いられた〔山村佑樹選手の怪我について 水戸ホーリーホック (2014年3月5日)〕。同年9月、復帰戦となった〔【J2:第31節 福岡 vs 水戸】レポート J's GOAL (2014年9月15日)〕 J2第31節福岡戦で決勝点を挙げた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山村佑樹」の詳細全文を読む
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