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山松ゆうきち : ウィキペディア日本語版
山松ゆうきち[やままつ ゆうきち]

山松ゆうきち(やままつ ゆうきち、1948年7月8日 - )は、漫画家。主に劇画雑誌や麻雀コミック誌等で、ギャンブルや、救いのない、または救い様のない人々を、ペーソスに溢れ、いかにもだらしない絵柄で、土着的とも言える作風で描く。代表作としては『くそばばの詩』『2年D組上杉治』『エラヅヨの殺し屋』』『インドへ馬鹿がやって来た』など。
==略歴==
鳥取県倉吉市出身。中学卒業後、様々な職を転々としたが、1964年に日の丸文庫に原稿を持ち込み、山上たつひこらと編集の仕事をしつつ、貸本誌『オッス!』に「田舎医者」などの短篇を掲載して漫画家デビュー。18歳で上京し、あすなひろし川本コオなどのアシスタントとなり、1967年に、『週刊漫画TIMES』に「ヤクザ無情」を掲載し商業誌デビューする。
やがて『ヤングコミック』で連載した「2年D組シリーズ」などで人気となる。1970年代に競輪選手を志し鳥取に帰郷して猛特訓を行ったが、競輪学校の年齢制限のために挫折して漫画家復帰する。1973年に映画『津軽じょんがら節』に出演。1980年代以降は、麻雀パチンコなどのギャンブル漫画誌で活躍、1990年代になるとスポーツ新聞4コマ漫画も執筆する。
2004年、単身インドに赴き、翌年まで約半年間をかけて平田弘史の『血だるま剣法』のヒンディー語版を出版。帰国後にその顛末を漫画化した『インドへ馬鹿がやって来た』を『漫画ゴラクネクスター』にて連載、2008年に単行本化された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「山松ゆうきち」の詳細全文を読む



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