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山水電気株式会社(さんすいでんき)は、かつて存在した日本の企業。 東京都に本社を置き、音響機器の製造を手掛けていたが、2014年(平成26年)7月9日に破産した〔(詳細は後述)。 == 概要 == 会社設立初期はトランスの生産・販売が主な事業内容であったが、1969年(昭和44年)に海外向けに商品化されたレシーバ がベトナム戦地の米軍PX(売店)で大ヒットし、オーディオ機器生産・販売へシフトした。 1980年代のオーディオブーム全盛の頃には、パイオニア(ホームAV事業は後にオンキヨーの子会社のオンキヨー&パイオニアへ移管)やトリオ(現・JVCケンウッド)と並んで「オーディオ御三家」と呼ばれた〔。 特にステレオアンプ技術において名門として知られ、JBLの日本総代理店にもなった〔。 1984年(昭和59年)10月期には525億5200万円の売上高を記録したが〔、オーディオブームの衰退やデジタル化の波などにより経営が悪化。 1989年(平成元年)には英国PPI(ポリーペック・インターナショナル)の出資を受け傘下となったが、翌年PPIは破綻。1991年に香港セミテックの傘下となる。その後も経営は好転せず、1999年にはセミテックが破綻し、香港の(ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド)から、財政支援を受けた。2001年には自社の製造拠点がなくなり、音響・映像機器事業からの売上が減少、過去に販売した製品のアフターサービス事業が中心になった〔2009年度有価証券報告書 〕。この頃には株価が1円~3円程度で推移し、いわゆる「低位株」銘柄として個人投資家などの間で有名であった。 2011年(平成23年)5月11日付で、親会社の嘉域集團有限公司が事実上の倒産状態になったことで山水電気の資金繰りが悪化。さらに、親会社の債権が取り立て不可能になったため債務超過に陥った〔。 2012年(平成24年)4月2日、山水電気は東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した〔。この時点での負債は約2億4,765万円。 民事再生手続きは受理され、同年12月27日付で再生手続きは終結した〔。 しかし、その後も資金繰りの目途がつかず、2014年(平成26年)7月9日には東京地裁より破産手続開始の決定を受けた〔〔。負債は約3億5,000万円〔〔。 2012年(平成24年)よりドウシシャがSANSUIブランドを使用している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「山水電気」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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