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岡本健一郎 : ウィキペディア日本語版
岡本健一郎[おかもと けんいちろう]

岡本 健一郎(おかもと けんいちろう、1933年2月16日 - )は、熊本県熊本市〔プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、120ページ〕出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手
==来歴・人物==
済々黌高では1950年夏の甲子園一塁手として出場。準決勝に進むが鳴門高に敗退〔「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年〕。高校同期に大学、プロ野球でもチームメートとなる遊撃手の片山嘉視がいた。卒業後は専修大に進学。東都大学野球リーグでは在学中に4回優勝〔「東都大學野球連盟七十年史」 東都大学野球連盟編纂委員会 2001年〕。1954年全日本大学野球選手権大会では準決勝に進出するが、秋山登らのいた明大に敗れる。1953年秋季リーグから2季連続でリーグ打撃成績2位を記録。片山以外の大学同期に渡辺清がいる。
片山、渡辺とともに、1955年阪急ブレーブスへ入団。1年目から左翼手、一塁手として起用され、規定打席にも達する(23位、打率.268)〔。1957年には一塁手としてパ・リーグベストナインに選ばれた〔。その後は川合幸三戸口天従らと併用され、準レギュラーとして活躍するが、1963年限りで引退〔。引退後は新阪急ホテルに勤務していた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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