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岡本正重 : ウィキペディア日本語版
岡本正重[おかもと まさしげ]
岡本 正重(おかもと まさしげ、永正3年(1506年)? - 天文7年(1538年)?)は、下野国戦国時代の武将。居城は松ヶ嶺城内匠頭を名乗る。岡本重親の子。塩谷義孝の側室となった娘と、正親氏宗光貞の3人の男子がいる。
== 経歴 ==
下野国塩谷郡国人領主塩谷氏の重臣岡本重親の子で、系図〔鏡山寺岡本系譜〕によれば、清党(清原氏を祖とする芳賀氏を中心とした下野の武将一族)岡本氏の4代目の当主。ただ、代数については、父重親と祖父正高の親子関係が年代的に成立しないため疑わしい。烏山岡本氏系譜によれば、生まれは塩谷庄であるというため、正重は、父重親が主君塩谷孝綱に従い、塩谷郡に下ってから生まれたと考えられている。
事績についてはほとんど記録に残っていないが、娘を主君である義孝の側室にし、3人の男子をもうけるなど、正重の時代の岡本氏は、かなり繁栄していたものと考えられている。
宇都宮氏那須氏の合戦の際に佐久山にて33歳で討死した。法名は道経。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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