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岩動 道行(いするぎ みちゆき、大正2年(1913年)10月15日 - 昭和62年(1987年)1月25日)は、日本の大蔵官僚、政治家。自由民主党衆議院議員(1期)・参議院議員(4期)。科学技術庁長官。 元衆議院議長林譲治の女婿。元衆議院議員岸田正記の妻・和子はいとこにあたる〔神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』211頁〕。 == 経歴 == 岩手県紫波郡赤石村(現紫波町)に生まれた。岩動康治の二男。 盛岡中学、旧制府立高校を経て、京都帝国大学法学部卒業。1939年 大蔵省に入省。広島税務署長、吉田内閣総理大臣秘書官、主計局主計官、東海財務局長などを歴任した後、1960年に退官しその年に行われた衆院選に旧岩手1区から自民党公認で出馬したが落選。 3年後の1963年の衆院選に旧岩手1区から再び出馬し初当選を果たしたが、1967年の衆院選で再び落選。参院への鞍替えを目指し1968年の参院補選に岩手選挙区から出馬し当選。以降連続当選4回。党内では宏池会に属し、行政管理政務次官、参院大蔵委員長などを経て、1983年12月に第2次中曽根内閣の科学技術庁長官として初入閣を果たした。 1987年1月25日、心筋梗塞のため死去、。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「岩動道行」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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