翻訳と辞書
Words near each other
・ 岩崎街道
・ 岩崎裕司
・ 岩崎誠一
・ 岩崎貴文
・ 岩崎輝弥
・ 岩崎輝彌
・ 岩崎透
・ 岩崎通信機
・ 岩崎運河
・ 岩崎道行
岩崎道高
・ 岩崎達
・ 岩崎達也
・ 岩崎達郎
・ 岩崎邦宏
・ 岩崎邦彦
・ 岩崎長世
・ 岩崎長武
・ 岩崎陽子
・ 岩崎陽平


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

岩崎道高 : ウィキペディア日本語版
岩崎道高[いわさき みちたか]

岩崎道高(いわさき みちたか、生年不明 - 文禄4年(1595年))は室町時代武将出羽国雄勝郡岩崎城主(第14代目)。通称、岩崎河内守道高、岩崎三郎道高。娘に能恵姫、息子に岩崎義高がいる。

== 概要 ==
弘治元年(1555年)道高の娘の能恵姫が生まれた。
天正18年(1590年奥州仕置雄勝郡最上氏の領土とされたが、横手城小野寺義道はこれを認めずに雄勝郡の支配を継続した。これを聞いた山形城最上義光は、文禄4年(1595年)、楯岡城楯岡満茂が率いる軍勢を湯沢城に差し向けた。
湯沢城が落城して次の目標が岩崎城だと推測した息子の岩崎義高小野寺義道に援軍を要請したが、同日に今泉城角間城鍋倉城植田城新田目城が最上軍の攻撃にあったため岩崎城の方には手が回らず、ほとんど援軍が来なかった。
その後、前森城原田大膳が岩崎城に夜襲をかけて、義高と共に道高は討死して落城した。以後、岩崎城は最上氏の城になった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「岩崎道高」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.