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岩本義行[いわもと よしゆき]
岩本 義行(いわもと よしゆき、1912年3月11日 - 2008年9月26日)は、広島県三次市出身のプロ野球選手(外野手)・監督。「元祖神主打法」〔この人にこの技あり 第19回:岩本義行の「猪突猛進」 (ベースボール・マガジン社 SportsClick より)〕〔山田、柳田の同時達成はほぼ間違いなし! - BaseBall KING 〕「初代トリプルスリー」〔〔〔【8月18日】1957年(昭32) 45歳5カ月 岩本義行、いまだに最年長記録の本塁打 〕。弟はプロ野球南海の投手・審判を務めた岩本信一。5人いる孫の1人に女優の遠野舞子がいる〔あの人は今こうしている 元グラドルの遠野舞子さんは“まつエク”サロンの経営者 - 日刊ゲンダイ p-2 〕。 == 来歴・人物 ==
=== 中等学校時代 === 旧制三次中学(現:三次高校)から、二年時に旧制広陵中学(現:広陵高校)に転校。広陵野球部のスラッガーとして活躍し、乱闘試合のドサクサ紛れに補欠なのに自分で代打を告げてホームランを打った〔日本プロ野球偉人伝 vol.3 60-61ページ(2013年、ベースボール・マガジン社)〕〔九州スポーツ、2009年7月4日3面〕、敬遠のワンバウンドした球を本塁打にしたなどの逸話を残す〔。 最上級生となった1931年に第17回全国中等学校優勝野球大会に出場。「中学超弩級打者」と評されたが〔永井良和『ホークスの70年 惜別と再会の球譜』ソフトバンククリエイティブ、2008年、P25-36、79〕、準々決勝で吉田正男を擁する中京商業(現:中京大中京高校)に惜敗(中京商業はこの年から夏三連覇)。しかし同年秋の神宮野球大会では吉田を打ち込み、更に前年から夏春連覇中で、この年の夏はハワイ遠征で欠場した灰山元治、鶴岡一人らのいた同じ広島の広島商業を決勝で岩本の長打2本で下す。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「岩本義行」の詳細全文を読む
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