|
岸 博幸(きし ひろゆき、1962年9月1日 - )は、日本の元経産官僚。総務大臣秘書官等を経て、慶應義塾大学大学院教授。 == 来歴・人物 == 東京都生まれ。東京都立日比谷高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。 大学卒業後の1986年(昭和61年)、通商産業省(当時)に入省。同期入省者には、後に国会議員となる鈴木寛や藤末健三、現特許庁総務部長の中尾泰久、ミラノ国際博覧会日本政府代表などを務めた後藤久典らがいた。1992年よりコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。 通産省通商政策局総務課、工業技術院総務部産業科学技術開発室を経て、1995年より朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に出向、1998年、通産省が改称した経済産業省に復職。その後、資源エネルギー庁長官官房国際資源課を経て、2000年内閣官房情報通信技術(IT)担当室に出向しグループリーダーを務めた。 2001年(平成13年)の第1次小泉内閣発足を機に、経済財政政策担当大臣補佐官に就任(大臣は竹中平蔵)、2002年からは金融担当大臣補佐官兼務。2004年以降は竹中経済財政政策担当・郵政民営化担当大臣政務担当秘書官に就任。側近として、情報通信政策や郵政民営化などに携わる。「B層」の言葉が生まれるきっかけとなった宣伝企画立案を行なった、広告会社・スリードの代表を竹中に引き合わせたのも岸である。こうした竹中との親密ぶりにより、岸は高杉良の経済小説において竹中・木村剛とともに、外資への売国的な政策を行う代表的人物としてたびたび登場する。 また高級官僚の仕事の傍ら、1998年に坂本龍一らと共にメディア・アーティスト協会を設立、同協会事務局長を2000年に同協会が解散するまで務め、著作権保護のあり方についての議論に加わった。 2004年からは慶應義塾大学助教授に就任。総務大臣となった竹中の下で総務大臣秘書官を兼任した。2006年に第3次小泉改造内閣の内閣総辞職及び、竹中の議員辞職にあわせ、経済産業省を退官し、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授に就任、2年後の2008年に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授に就任した。ほかに、2007年から2010年3月までエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役コーポレート企画本部担当。2008年から総務省通信・放送問題タスクフォース委員も務める。 2008年6月には、衆議院議員の江田憲司や元財務官僚の高橋洋一らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。いわゆる脱藩官僚としてテレビ番組などにも出演する。 2010年3月よりエイベックス・マーケティング株式会社取締役。同年4月よりエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社顧問。新生ホームサービス株式会社特別顧問。2013年から大阪市特別顧問、大阪府特別顧問、大阪府市統合本部特別顧問。 twitterのプロフィールで「慶応大学大学院の教授です。趣味はMMA, DT, NYK!!!」と自己紹介している。 MMA(総合格闘技)は、アメリカでの大会を現地観戦するほどのファンである。 DT(ドリーム・シアター)は、自身のコラムに曲名を引用したり〔 〕〔“Breaking All Illusions”はア・ドラマティック・ターン・オブ・イベンツの8曲目に収録されている。〕、2012年の来日公演に行ったことをtwitterで紹介したりするほどの愛好家である。NYK(ニューヨーク・ニックス)の話題もtwitterでつぶやくことがある。 。。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「岸博幸」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|