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島津忠徹 : ウィキペディア日本語版
島津忠徹[しまつただしとおる]

島津 忠徹(しまづ ただゆき)は、日向佐土原藩の第10代藩主。
== 生涯 ==
寛政9年(1797年)8月2日、第9代藩主・島津忠持の長男として生まれる。文化13年(1816年)、父の隠居により家督を継いだ。藩政においては文治を奨励した。ところがそのために、家臣団の間で武断派と文治派による派閥抗争が起こり、それにより本家薩摩藩も介入しての大規模な粛清が行なわれている。結局は文治派が勝利し、文政8年(1825年)には藩校・学習館が創設された。藩財政においても、苦しくなった台所を再建するために藩札発行や製紙業の専売化などを行なって、天保8年(1837年)までに藩財政を再建している。
天保10年(1839年)4月26日、参勤交代中に病に倒れ、近江草津において死去した。享年43。跡を三男・忠寛が継いだ。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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