翻訳と辞書 |
島津長丸[しまづ ながまる] 島津 長丸(しまづ ながまる、明治4年9月18日(1871年10月31日)- 昭和2年(1927年)2月1日〔『平成新修旧華族家系大成』上、p.747〕〔『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』74頁は、没日を2月2日とする。〕)は、明治から大正にかけての華族(男爵)。島津氏一門・宮之城家16代当主。島津久治の長男。貴族院議員を務めた。 == 生涯 == 明治4年(1871年)、宮之城家第15代当主島津久治(島津図書)の長男として誕生。生後間もない明治5年(1872年)1月に父を失う。 明治29年(1896年)鹿児島市平ノ馬場町に私立鶴嶺女学校を創立した。明治30年(1897年)10月に男爵を授けられた〔。 武徳会鹿児島支部副長、鹿児島電気軌道監査役、都市計画鹿児島地方委員会委員などを歴任。また、貴族院男爵議員を1901年9月から1904年7月まで務め、さらに1916年5月に再び選出され死去するまで在任した〔『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』74頁。〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「島津長丸」の詳細全文を読む
スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース |
Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.
|
|