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川勝隆忠[かわかつ たかただ]
川勝 隆忠(かわかつ たかただ)は、江戸時代中期の旗本。隆尚流川勝家の4代当主。 == 生涯 == 元文元年(1736年)、川勝隆盛の長男として江戸に生まれ、後に川勝隆雄の養子となった〔初代・隆尚の嫡男の川勝隆盛が病のため嫡を辞し、その嫡男の川勝隆忠が祖父隆尚の家を継いだ。〕。宝暦8年(1758年)9月18日、義父隆雄の隠居により、その家督(上野・相模内2,800石)を継いだ。 宝暦9年(1759年)4月5日、西城の小姓組に列した。宝暦11年(1761年)8月3日から本城に勤仕し、宝暦12年(1762年)12月15日から再び西城に仕えた。安永4年(1775年)正月11日、使番となり、同年閏12月11日に布衣を着る事を許された。天明元年(1781年)閏5月8日、小普請組支配〔小普請入りした武士達の支配、人夫賃の集金、連絡などにあたる3 – 4千石級の旗本。老中支配。〕に転じ、天明8年(1788年)8月16日、ご趣意あって退職を許され、寄合に列した。寛政10年(1798年)4月25日、63歳で隠居した。家督は嫡男の隆重に譲った。没年不詳。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「川勝隆忠」の詳細全文を読む
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