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川口克己[かわぐち かつみ] 川口 克己(かわぐち かつみ、1961年12月10日 - )は、モデラー、玩具メーカーバンダイ社員。玩具・模型の企画やプロモーションを担当している。通称「川口名人」。模型の消費者であるモデラーと、生産者であるメーカーの両方の立場からブーム初期から現在に至るまでガンプラに関わり続けている人物である。
== 来歴・人物 == 法政大学経営学部経営学科出身〔ガンプラを生み出した男が語る“趣味=仕事のススメ” (プロカツ)〕。大学生時代に小田雅弘、高橋昌也と共にモデラー集団「ストリームベース」を結成し、『機動戦士ガンダム』(1979年)に登場するモビルスーツの模型をフルスクラッチ(完全自作)で制作して模型雑誌月刊ホビージャパン誌(ホビージャパン社)等で掲載され、模型業界に携わることになった。放送当時はまだ正式なプラモデル化は決定されておらず、彼らの作った模型に対する反響が放送終了半年後の1980年7月よりバンダイから発売され、一大ブームとなったガンダムのプラモデル(ガンプラ)誕生に大きく寄与したことは間違いない。 ガンプラの発売後は雑誌掲載の模型を作るだけではなく、コミックボンボン誌(講談社)掲載のガンプラ漫画『プラモ狂四郎』のアイデア提供や、プラモデル企画「モビルスーツバリエーション」といったガンプラブームそのものを盛り上げる活動に参加する。『狂四郎』の作中では主人公を導く凄腕モデラー「ストリームベース」の一員として他の2名と共に実名で登場しており、当時のボンボン読者からはアイドル的存在であった。 1985年にバンダイ入社。インタビュー記事によると、特別扱いではなく他の一般社員と同様に通常の入社試験を受け、学生の間では「バンダイはマニアは採らない」という噂があったため、面接でもストリームベース時代のことは話題に出さなかったという〔。1986年の『機動戦士ガンダムΖΖ』から社員としてガンプラ開発に関わり始め〔ドーベン・ウルフの図面の一部は川口の手によるものである。〕、1990年代のマスターグレードの頃から、バンダイ側のガンプラ企画責任者として模型雑誌等で露出するようになる。 ガンプラを題材としたアニメ『ガンダムビルドファイターズ』では、彼をイメージソースとしたキャラクター「メイジン・カワグチ」が登場し、本人も「カワグチメイジン」名義〔カワグチメイジンTwitterアカウント 〕で『ビルドファイターズ』関連の出演をしている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「川口克己」の詳細全文を読む
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