翻訳と辞書
Words near each other
・ 川崎重工
・ 川崎重工業
・ 川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー
・ 川崎重工業汎用機カンパニー
・ 川崎重工業航空宇宙カンパニー
・ 川崎重工業船舶海洋カンパニー
・ 川崎重工業車両カンパニー
・ 川崎金属工業
・ 川崎金融財閥
・ 川崎銀星座
川崎鑰之助
・ 川崎長太郎
・ 川崎陽介
・ 川崎隆司
・ 川崎雄介
・ 川崎雅夫
・ 川崎雅文
・ 川崎電機製造
・ 川崎電気
・ 川崎静子


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

川崎鑰之助 : ウィキペディア日本語版
川崎鑰之助[かわさき かぎのすけ]
川崎 鑰之助(かわさき かぎのすけ、生没年不詳)は、日本戦国時代兵法家東軍流剣術を開いたとされる。名は時盛。また幸盛、清貞とも。通称、賀義助。
== 経歴 ==
越前国朝倉氏の御用人、川崎時定(新九郎)の子で、父時定は鞍馬八流の達人だったという。鑰之助は13歳のころから父に学び、さらに槍術富田午生に、剣術を富田勢源に学んだ。17歳で、真柄真基(十郎三郎)、村上長孝(庄蔵)とともに朝倉の「鬼若三勇士」とうたわれたというが、『日本剣豪100選』の綿谷雪はこれは虚構かもしれないとしている。
父時定の浪人後、比叡山の東軍権僧正のもとにあずけられ、この地で刀術の秘伝を学び、一流を開創したとされる。鑰之助は自ら流名を称することはなかったが、世人からは「東軍者」と呼ばれた。
『武芸小伝』によると、鑰之助は上野国白雲山(妙義山の古名)の神に祈って東軍流を起こしたともいう。
また、著名な子孫に加来耕三(本名 : 川崎耕一)がいる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「川崎鑰之助」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.