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川嶋 至(かわしま いたる、1935年2月15日 - 2001年7月2日)は、文芸評論家。 北海道札幌市生まれ。1958年、北海道大学文学部国文科卒業。1964年、同博士課程中退。1967年、『群像』に川端康成論を発表、岩手大学講師ののち、東京工業大学助教授、教授。 当初、川端康成の実証研究を行い、初期の恋人である「伊藤初代」について詳細な調査を行った〔川嶋至『川端康成の世界』(講談社、1969年)〕。細川皓の筆名を用いたこともある〔細川皓「川端康成論―『伊豆の踊子』を手がかりに」(群像 1967年9月号に掲載)〕。その後、1974年、江藤淳らの同人雑誌『季刊藝術』に連載した「事実は復讐する」で、安岡章太郎の『幕が下りてから』『月は東に』が、事実に基づきながら安岡に都合のいいようにこれを捻じ曲げていると指摘し、怒った安岡があるパーティーで川嶋と間違えて川村二郎に殴りかかり、文壇の権力者である安岡を批判したことで川嶋は文壇から「パージ」され、江藤淳の推薦で東工大教授になったという伝説がある。川嶋の世話で東工大に就職した井口時男の『危機と闘争』には、川嶋が死んだ時、文芸雑誌にはまったく追悼文は載らず、文壇は川嶋を抹殺したのだと書いてある。 ==著書== *『川端康成の世界』講談社 1969 *『美神の反逆』北洋社 1972 *『文学の虚実 事実は復讐する』論創社 1987 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「川嶋至」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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