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川藤 龍之輔(かわとう りゅうのすけ、1947年8月17日 - )は、福井県三方郡美浜町出身の元プロ野球選手(投手)。 元プロ野球選手の川藤幸三は実弟。 == 来歴・人物 == 若狭高校では1年生の時、控え投手として夏の甲子園に出場するが、1回戦で横浜高に敗退し登板機会はなかった。翌はエースとして夏の北陸大会準決勝に進出するが、小松実業に敗退。夏は、県予選準決勝で武生高に敗れ、甲子園には出場できなかった〔「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年〕。同年のドラフト9位で東京オリオンズに入団。 貴重な大型左腕と期待され、プロ2年目のに一軍初登板を果たす。翌7月には近鉄戦に初先発し完封勝利。その後は先発陣に組み入れられ、同年は3勝を挙げる。 しかし翌年以降は伸び悩み、に千田啓介との交換トレードで、読売ジャイアンツに移籍。に自由契約となり、太平洋クラブライオンズと移籍。しかし、ここでも好成績を挙げることはできず、1973年限りで現役引退。 現在は福井市に在住し、社会人野球クラブチームの福井ミリオンドリームズで監督を務めている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「川藤龍之輔」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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