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川西池田駅(かわにしいけだえき)は、兵庫県川西市栄根二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線の駅である。 「JR宝塚線」の愛称区間に含まれる直営駅(宝塚駅の被管理駅)。ICOCAが利用可能(相互利用ICカードはICOCAの項を参照)。 == 歴史 == 初代の駅は摂津鉄道の終点として開業した。当時の位置は現在とは異なり、猪名川を渡る呉服橋近く(当時の地名で小花村字大畑)に駅があった。このため駅名は「川西」を名乗らず、猪名川の対岸で栄えていた「池田」とされた。その後、阪鶴鉄道の駅となり、宝塚方面に延長するにあたって駅を移転。この時移転された駅の位置は、現在より西寄りの場所で、国道176号線の寺畑1丁目信号の前あたりにあり、一度仮停車場への移転を経て本停車場に移転している〔川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、196 - 203頁〕。 1925年に川西が町制を敷いて以降、所在地に合わせて駅名を改称する機運が高まり、数度に渡り駅名の改称を請願したが受理されなかった。川西の町制25周年にあたる1950年前後に運動は盛んになり、国鉄などに陳情が行われたが、池田市もそれに反対する陳情を行ったため、間を取って「川西池田」となった〔川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、416, 417頁〕。 非電化当時の構内は、駅の北東部に貨物取り扱い施設と機関支区が設置され、広い敷地を有していた。また、阪鶴鉄道時代には駅前の丘に阪鶴鉄道本社があった〔。乗客は箕面有馬電気鉄道(現在の阪急電鉄)の開業に伴って漸減し、福知山線の電化・複線化まで川西能勢口駅の一人勝ち状態が続いていた。 福知山線の電化・複線化にあたり、当駅を両方向で待避可能な駅に改造し、駅前にロータリーを作るため、元貨物ヤードがあった現在の位置に3度目の移転をした。移転後の旧駅の遺構として駅前広場が90年代初めまで形を残していたが、線路を跨ぐ道路の敷地になり姿を消した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「川西池田駅」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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