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巨勢麻呂 : ウィキペディア日本語版
巨勢麻呂[こせ の まろ]

巨勢 麻呂(こせ の まろ、生年不詳 - 霊亀3年1月18日717年2月7日))は、飛鳥時代後期から奈良時代前期にかけての貴族朝臣巨勢小徳巨勢大海の孫で、京職巨勢志丹の子。官位従三位中納言
== 経歴 ==
文武天皇の代の慶雲2年(705年)に民部卿〔『続日本紀』慶雲2年4月22日条〕に任じられる(位階従四位下)。
元明天皇の代になると、和銅元年(708年)に左大弁に任じられ〔『続日本紀』和銅元年3月13日条〕、同年に正四位下〔『続日本紀』和銅元年7月15日条〕、翌和銅2年(709年)には鎮東将軍に任じられて蝦夷征討にあたっている。和銅3年(710年)に正四位上に昇叙。和銅6年(713年)に従三位に昇叙して公卿に列し〔『続日本紀』和銅6年1月23日条〕、霊亀元年(715年)に中納言に任じられた〔『続日本紀』霊亀元年5月22日〕。
霊亀3年1月18日717年2月7日)に薨去

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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