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平羅線(ピョンラせん)は、朝鮮民主主義人民共和国平壌直轄市兄弟山区域にある間里駅から羅先特別市にある羅津駅までを結ぶ鉄道路線である。 == 概要 == 平羅線は間里~高原~咸興~金策~清津~羅津を結ぶ。平壌から朝鮮半島を横断して日本海側に出、咸鏡南道・咸鏡北道の沿岸部の大都市を結び、ロシア国境に至る重要な鉄道路線である。 現在平羅線と呼ばれる路線は、日本統治時代に建設された平元線・咸鏡線・清羅線を原型としている。すなわち、現在の平羅線のうち *東北里~高原間:平元線の一部 *高原~清津間:咸鏡線(咸鏡本線)の一部 *清津~青岩間:清羅線 にあたる。間里~東北里間については、戦後、北朝鮮によって建設が行われた。清津~羅津間については、清羅線として日本統治下で工事こそ進展していたものの、清津(現・清津青年)~青岩(現・クムバウィ)間(11.0km)が1945年2月1日に部分開業しただけで終戦を迎えた。〔朝鮮総督府告示第四十四号, 朝鮮総督府官報昭和第5394号, 1945年1月31日〕第二次世界大戦後の1960年代、北朝鮮によって電化とクムバウィ~羅津間の開業が行われた。 羅先では咸北線(清津~会寧~南陽~洪儀~羅津)と接続しており、同線と洪儀~豆満江間の洪儀線を合わせ、北朝鮮からロシアへ向かう連絡ルートを形成している。 1990年代以降、老朽化と資源不足により輸送力・速度共に他の同国路線と同じく凋落が進む。現在では、平壌~清津間の移動に日本統治時代よりも遥かに長い時間を要していると言われている。北朝鮮の線路整備の悪化により近年ではロシアとは改善工事を行っている。 なお週1本、平壌からモスクワへ向かう国際列車が設定されていたが、2007年現在では北朝鮮の輸送事情を鑑み、国境のハサンで双方の列車が接続する形になっていると言われている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「平羅線」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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